大盤振舞/言葉の意味は変わる
大盤振舞とは気前よくもてなすことだ。忘年会で宴会の幹事が、「今夜は社長の大盤振る舞いだから無礼講で好きなだけ飲み食いしてください」のように用いる。広義では相手の言うままに予算を配分することにも使う。
大盤は大杯や大皿で、好きなだけ飲食する意味だと思っていたが、ふとしたきっかけで椀飯(ワウパン)振舞の変化だと知った。椀飯は時代により、地方により異なっている。
椀飯は源氏物語や義経記にも載っている古い言葉で椀に盛った飯を意味していた。ワウはワンが変化したものだ。
王朝時代は公家(公卿)たちが殿上に集まったときの供膳が椀飯の語源だ。鎌倉・室町時代の武士の時代になると、将軍に大名が祝膳を奉る儀式となり、年頭や慶賀の時に行った。
応仁の乱以後はあまり行われなくなったが、平和が続いた江戸時代には民衆にも広がり、豊かな農民が正月に親類などを招いて催す宴も椀飯といわれた。
振舞は本来人の行い・挙動をさしたが、13世紀半ばには饗応することの意にも広がり、椀飯とともに祝宴を表す語となった。
さらに江戸時代後半には椀飯振舞の語が広まって、大盤や大判の文字があてられ、気前よくごちそうすることに変化した。
明治以降には、正月に近所の人や親戚、農作業の手伝いなどを招いてごちそうすることも大盤振舞といい、方言としては群馬県多野郡では、嫁入り前夜に若衆を集めてごちそうすることにも用いられるとのことだ。
現在では、冒頭に記したように会社が社員に大盤振舞をするだけではなく、要望どおり予算などを配分する意にも用いられる。ばらまき政策で、政府を批判するマスコミ用語として新聞に登場する。
言葉は時代とともに意味が変わることがある。代表例として挙げられるのは「情けは人のためならず」だ。原義は情けは人のためではなく、巡り巡って自分のためになるの意であるが、現在では安易に情けをかけるのは、当人のためにならないと思っている人がいる。
「流れに掉さす」は川の流れに従って、時流に従って生活する意が本来であるが、現在では掉さすからの連想か、逆に下流から上流へ、時流にさからって主張すると誤解している人が多い。
「気が置けない」も意味が逆転している。「悩みを気が置けない友人に相談する」は気遣いしなくてよい友人に相談することだが、気が置けないを信用できないと誤解している人がいる。
「役不足」も誤解されることが多い。役不足はその人の力量に比べて、役目が軽すぎることの意味であるが、逆に自分の力不足をさすと誤解してあいさつする人がいる。
(1930年うまれ。桐生市堤町二丁目)