明治維新と太平洋戦争/思想に与えた影響は
明治維新と太平洋戦争は、どちらが国民により重大な影響を及ぼしたかをふと考えた。
前者は国内における戦争で勝者と敗者が生まれたが、後者は外国との戦いで国民全員が敗者である。維新は旧来の幕府と、天皇を錦の御旗に討幕派の藩との内戦で、勝てば官軍、負ければ賊軍ということわざが生まれた。戦場は長州・会津・函館等に限定され、江戸は戦禍から免れた。
一方、太平洋戦争では主要都市は空爆の対象となり、首都は一夜で10万人もの死者が出たという。戦争による直接の被害者は、太平洋戦争のほうがはるかに多いが、国民の生活や思想に与えた影響は、維新のほうが大きかったのではなかろうか。
維新は大政奉還・廃藩置県・四民平等が3本柱だ。大政奉還により政権は幕府から天皇へと移り、政治の実体は藩から県へと権限移譲されたが、庶民にとっては上の人の出来事で、自分たちの日常生活とは無関係だと思っていた。日々の暮らしに最も影響したのは、士農工商が廃止されて四民平等となったことだろう。
日本民族は怨恨の気持ちが弱く、寛大で恕や諦の気持ちが強いのだろうか。武士社会の仇討はエンドレスにならず、一代限りのことが多い。維新後仇討禁止令が出されると、抵抗なく受け入れられ、刑法により国家が処罰することになった。
ドイツ国民がナチスやヒトラーを憎悪するのと、日本国民がA級戦犯を憎む気持ちとは大きな隔たりがある。そのため靖国神社問題が生じ、総理大臣が参拝すると国際問題となる。
私は戦時中は撃ちてし止まんと教育され、他の大勢の少年と同様軍国少年だった。敗戦後価値観が逆転し、民主主義の時代が到来した。しかし間もなく反米感情を抱く国民も出現した。GHQ(General Headquarters連合軍総司令部)をGo Home Quickly(早く帰れ)と陰口を言う人もいた。
日本を全体として見ると、進駐軍と国民との間には大きなトラブルはなく、占領政策は成功した。
空襲で焼け出されるのは全員平等でやむをえないと納得しても、疎開先で差別待遇をされ、転校生いじめに遭ったのは長く記憶に残る。ナチスによるユダヤ人虐殺事件はよく理解できる。
アメリカ軍による原爆投下を日本人がそれほど恨んでいないのは、遊牧民族と農耕民族との差だろうか。それとも日本が島国だからだろうか。
明治維新は調べれば調べるほど興味深い。