初と始/女は無口
ファミリーレストランで客の行動を見ていると、男同士は無口で料理を待っているが、女性同士の客はしきりにしゃべっていることが多い。
この随筆の読者は元公務員の男性が多く、電話で意見や感想を述べる人がいる。しかし毎回電話をかけてくる熱心な女性愛読者もいる。
振り込め詐欺や商品の売り込みなど迷惑電話を受けた読者は多いだろう。
私は現役の臨床医をしていたときは、同業の医師と同様、うるさい電話に悩まされたが、仕事を隠退したら電話は激減した。あるとき、未知の女性から珍しい電話がかかってきた。私のコラムの愛読者だと自己紹介の後、「さざんかが咲きはじめました」と書きたいのですが、「はじめ」は初を書くのですか、それとも始と書くのですかとの問い合わせだ。私は動詞は始、形容詞や副詞の場合は初がよいのではと答えたら、辞書も同じような解説でしたが、先生に聞くのが手っ取り早いと思って電話しました。「女は無口」の始でよいのですね。ありがとうございましたと丁重に礼を述べた。
私は始と初の漢字を表すとき、「しとしょ」のように表現するが、「女は無口」という説明は初めてだ。うまい説明をするものだと感心したが、あの説明でよかったのかとふと疑問に思い、念のため辞書を確かめた。
「朝日新聞の用語の手引」という新聞記者のための辞書だ。
それには次のように記されている。
はじめ〓初め〔主として時間に関連する名詞に〕秋の初め、年の初め、初めからやり直す、初めに思ったこと、初めの日
〓始め〔主として動詞、または物事に関連する名詞に〕歌会始、仕事始め、手始め、年始めの行事、‥‥‥を始めとして
そのほかに
はじまる 始まる―始まり
はじめて 初めて
と記されている。私の説明とニュアンスが多少異なる点もあるが、よく分かる上手な説明だ。
女性の電話は「女偏にカタカナのムとクチ」だったかもしれないが、「女は無口」とはユーモラスなうまい表現だ。
ちなみに、漢和字典の解字には
初「刀と衣」の会意文字で、衣料に対して、最初にはさみを入れて切ることを示す。乍(さっと切る)―作(切る〓つくる。おこる)―〓(刃物で切る)などと同系のことば。また、最初に素朴に切れめを入れることが、人工の開始であることから、はじめの意に転じた。創(切る〓創作・創造する)の場合と、その転義のしかたは同じである。
▽始は、胎(子どものできはじめ)と同系で、女としてのできはじめ(初潮期)の意。のち開始の意の動詞にも用いる。
とむずかしい解説がある。
始の解字には
始 ム印はすきの形。台は以と同型のことばで、人間がすきを手に持ち、口でものをいい、行為をおこす意を含む。始は「女+音符台イ・タイ」の会意兼形声文字で、女性としての行為のおこり、つまりはじめて胎児をはらむこと。胎と最も近い。転じて、広く物事のはじめの意に用いる。
▽初は、はじめて衣料を裁断すること。元は、人間の頭で先端にあるもの。
初と始は矛盾しない、上手な解説である。両者に共通するのは「女」であるのに驚いた。