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桐生タイムスより

潮時/ごきげんよう

 平成21(2009)年10月に、私は47年の開業医生活に幕を閉じ引退した。その後しばらく隠遁し、大病を患い手術も受けたが、三浦雄一郎さんが80歳でヒマラヤ登頂をしたとの報道に接し、負けるもんかと勇気をだし、82歳で働き始め、50年ぶりで電車で前橋まで通勤した。後任が見つかったとのことで、10ヶ月で退職したが、隣のみどり市の職場から招かれ、非常勤ながら毎月10日間ほど働いている。
 職場ではいじめや嫌がらせがあると聞いていたが、どちらの会社も職員は親切で、不愉快な思いは一度もしたことがない。
 若い時は世間に対して非常識な手厳しい批判をして、関係者に迷惑をかけたが、自分では他の人ではできないボランティア活動をして社会に貢献したと自負している。
 そのため、現在は鶴の恩返しを受けているのだと、ありがたく親切に甘えている。
 閉院後間もなく、桐生タイムス社から開業医生活の思い出の随筆を書くよう依頼され、「開業医47年を顧みて」と題して1200字のコラムを執筆し、毎週月曜に掲載された。
 半年ほど連載すると、医療に関する記事は患者さんのプライバシーを侵害しかねないことに気付き、執筆は気が重くなった。
 後半は世相批判が多くなり、表題と内容が一致しなくなったので、「一隅の管見」と改題し、思う存分世相を切りまくった。
 読者は好意的に受け取る方が多く、市当局や警察などの官公庁からの反論は全くなかった。
 コラムの主張が正しいからだとうぬぼれる一方、肩すかしを食ったような感じがして、物足りなく思ったこともある。
 題材が見つからぬときは、辞書の受け売りのような言葉の問題を論じてお茶を濁した。
 200回も続けると、気力や体力の衰えも加わり、執筆が次第に重荷となった。
 改題後250回、改題前と通算すると300回、きりがよいので、終了を思いたった。物事にはみな潮時がある。英語にも There is a time for everything という諺がある。
 潮時とは①潮の満ちる時、また引く時が本来の意味だが、②物事を始めたり終えたりするのに、適当な時機。好機の意味もある。
 世間では干潮時、物事を終える時期の意味に使うことが多いようだが、満潮時、船が出港するときも潮時だ。
 彼岸へ旅立つには多少の準備も必要だ。隠退して旅立ちの準備をしよう。
 現役から退くこと、換言すれば名刺の肩書がなくなるのが引退で、肩書とは無関係に、社会的活動の第一線から退くのは隠退だ。
 6年7ヶ月余りの長い間、つたないコラムをお読みいただき、ありがとうございました。
 皆さま、ごきげんよう。終

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