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桐生タイムスより

旅と旅行/ゆったり楽しみたい

 旅と旅行とは同義語とされるが、私の語感では少し異なる。旅は大和言葉で自宅から離れた場所に出かける意で、古くは必ずしも遠方へ行くことに限らず、住処を離れて、一時よそへ行くことをすべて「たび」といったらしい。現代の語感では一人旅で優雅な感じだ。NHK総合テレビの「ブラタモリ」は話し相手の助手が同行しているが、本質はタモリのブラリ旅だ。歩くのが原則で交通機関は写らない。
 一方、旅行は交通機関を利用して観光や慰安の目的で遠くへ出かけることで、修学旅行・新婚旅行・海外旅行のように、複数での移動を連想する。
 〇〇ツアーは観光や慰安を目的とした団体旅行だ。先日軽井沢へのスキーバスで多数の死亡者が出たバス旅行は、乗客を商品として輸送するような感じの扱いだった。
 商品を目的地に輸送するためには荷主はできるだけ安いトラックで、荷台に荷物を積め込み、高速料金も節約して、夜間走行する感じで、人を安全に目的にへ移送する精神を忘れたかのような事件だった。
 JR九州のななつ星や豪華客船の世界一周旅行のように、金銭や時間にとらわれず、ゆったりとした気持ちで楽しむ旅行もある。
 四半世紀も昔、卒業した旧制中学の還暦同窓会が鳥取で開かれ、私は東京駅から夜行寝台列車を利用して一人旅で参加した。数十年ぶりで再会した同級生は「さすがにドクターはゆとりがあるね」と歓迎してくれた。羽田から飛行機で駆けつけた新聞記者には「あい変らず忙しそうだね」と声をかけていた。
 早朝に鳥取駅へ着いたが、同窓会は夕方からだ。タクシーで市内観光を始めた。運転手は走りながら「メーターではなく、時間制でいかがですか」と声をかけてくれたので、それに従った。最初に訪れたのは藩主池田家の墓地だ。墓守から「早朝のお参りありがとうございます」と礼を言われた。
 ゆっくり安全運転で走るタクシーは次に寺へ案内してくれた。私は旅先ではタクシーを利用することが多いが、目的地で下車するとき、運転席からボタンで操作して開いたドアから降りる。ところが、この運転手は席から離れて車の後ろを回り、後部座席の外からドアを開いた。高級ホテルのドア・ボーイだ。寺では一番客だったが、障子を開けて庭を見るだけだ。静かな琴の音を聞きながら一服の茶を飲む。運転手は控えの間で正座して待っている。藩主になったような気分だ。博物館で長時間待ってもらってもニコニコしている。
 帰桐後、観光協会に時間制の観光タクシーを提案したが、いまだに実現していない。
 桐生地区のタクシーの料金体系は出発地から計算し、乗客が乗らない距離の料金まで請求されるので、観光客の評判は悪い。
(1930年生まれ。桐生市堤町二丁目)
 
 

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