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桐生タイムスより

記憶/しゃべれるようになってから

 記憶とは物事を話ずれずに覚えていることだが、記銘・保持・再生・再認の4課程で構成されている。高齢になると、どの部分も障害されるが、特に記銘障害が目立つ。
 記銘は新しく物事を覚え込むことだ。内服している薬物はカタカナ名が多いが、商品名でも容易には覚えられず、お薬手帳が交付される。聞いたことがない一般名を正確に覚えている患者はいない。
 記銘した薬品名を保持し、必要に応じて再生しそれを再認して初めて内服中の薬品名を正確に答えられる。
 老人は最近の出来事は忘れても、昔のことはよく覚えているといわれる。昨日の夕食に何を食べたかは即答できないが、昔習った掛け算の九九は何歳になっても正しく発声できる。
 記憶は何歳からあるのだろうか。個人差はあるが母親の乳房から乳を飲んだ記憶はすべて誤りだ。自分の足で歩き、言葉をしゃべれるようになってからの記憶が保持される。
 保持された記憶でも、後年再生・再認されなければ忘れ去られることになる。先日総理大臣が「ポツダム宣言は詳しくは読んでいない」と国会で答弁して問題になった。
 ポツダム宣言が発せられたとき、私は旧制中学3年生で、英文の宣言を何回も声を出して読み苦労して覚えたが、その後再生・再認を怠ったため、完全に忘れてしまった。
 これに反し、廃止された教育勅語は、何回も再生・再認の機会があったためか、現在でもよく覚えている。教育の影響は極めて大きい。
 日常の出来事は不愉快な事は忘れやすく、成功例やうれしいことは覚えている事が多い。不愉快なことをいつまでも覚えていて、立腹したり、くよくよしていては生活していけない。
 脳の中の記憶中枢は無限ではない。忘れるから新しい物事を覚え込められるのだろう。
 年を取って寝たきりや認知症になりたくない。ピンピンころりがよいと誰もが思う。しかし統計的には健康長寿は平均寿命より10年ほど短い。つまり男女とも平均10年ほど他人の世話にならなければ彼岸に旅立てない。
 入浴中に死亡したとか朝起きてみたら死んでいたとかの話を聞くことがあるが、幸せだなとうらやましくなる。
 認知症の徘徊は寝たきり老人の世話より大変だとされるが、家族の苦労は言語に尽くしがたいだろう。しかし、認知症の本人はそれほど困っていないらしい。困るのは家族だ。
 道路交通法が改正されて、免許更新の際の認知機能検査で認知症の疑いがあり、その後の医師の診断で認知症だと診断されると、運転免許の更新はできなくなるとのことだ。
 高齢者の外出の足をどう確保するかが問題だが、交通事故防止の見地からは喜ばしいことだ。ほっと救われる家族もいるだろう。
 
 

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