修学旅行と遠足/教育の一環
修学旅行といえば小学校や中学校時代を楽しく思い出す人が多いだろう。私は修学旅行は小学生で参加しただけで、中学以降は参加していない。個人的な特別な理由があったのではなく、戦争の影響で中学以降は修学旅行がなかったためだ。
昭和5(1930)年、神戸市に生まれた私は、小学校6年生で、伊勢神宮に修学旅行に行ったとき、初めて汽車に乗った。汽車とは国鉄(現JR)の蒸気機関車が牽引する列車のことだ。当時、神戸市内には市電(市内電車)が走っており、近郊に行くには私鉄を利用し、汽車や省線電車(運輸省の電車)に乗ったことはなかった。
これらの電車は長いすで、4人掛けの車両を初めて見た。旅行前に先生が黒板に絵を描いて説明してくれた。旅館での友達との枕合戦は楽しい思い出だ。
修学旅行を辞書で調べてみようとふと思った。1991年発行の広辞苑4版には、児童・生徒らに日常経験しない土地の自然・文化などを見聞学習させるために教職員が引率して行う旅行。わが国独特の学校行事。と説明されているが、98年の5版では、児童・生徒らに日常経験しない土地の自然・文化などを見聞学習させるために教職員が引率して行う旅行。日本独特の学校行事。となっている。
全く同一のようだが、4版では「わが国」だが、5版では「日本」と表現が異なる。なぜ表現を変えたのか、理由は不明である。
2008年の6版では、学校行事の一つ。児童・生徒らに日常経験しない自然・文化などを見聞させるために教職員が引率して行く宿泊旅行。と大幅に説明を変えている。「日本独特」が消え、「宿泊」が追加されているのが面白い。
一方、遠足は①遠い道のりを歩くこと。また日帰りのできるくらいの行程を歩くこと。②学校で、見学・運動などを目的として行う日帰りの校外指導。(季語 春)と記されている。
遠足は俳句の春の季語だが、修学旅行は季語ではない。季節が決まっていれば、受け入れる旅館が困るのだろう。
広辞苑には記されていないが、修学旅行は最終学年に行われ、遠足は毎学年実施されていた。遠足は本来は文字どおり歩いていくのだろうが、実際は電車やバスで往復する日帰り旅行だ。
修学旅行や遠足は、引率する教員にとっては、気苦労の多いたいへんな仕事だろう。旅費や宿泊費はもとより出張手当が、公費から支払われているのだろうかと、ふと思った。
PTAからの援助や補助はどうなのだろう。学校給食費とともに修学旅行の費用も、教職員に公費から支給されているのだろうか。これらは教育の一環であり、教員にとっては仕事なのだ。
(1930年生まれ。桐生市堤町二丁目)